2025年面白かった本

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2025年に読んだ本のうち、比較的面白かったな、と思うものをご紹介します。
私自身がミステリー好きということと、経済に興味があるので、ジャンルはものすごく偏ってます・・

1.最も面白かった本

さて、今年読んだ中で最も面白かった本は『その女アレックス』でした!

昨年、マイナンバーワンだった「お梅は呪いたい」の続編が出ていたので急ぎ購入し拝読しました。お梅パワーは健在で面白かったんですが、ちょっと無理がないですかね、と思える箇所もあったりもし、第1作を超えなかったかなというところでした。

その女アレックス ピエール・ルメートル 文春文庫

このミス1位、イギリス推理作家協会賞など。
3部構成になっていて、1部が監禁された女が自力で脱出する話、2部が、その女は実は硫酸をのどに流し込んで殺す殺人鬼だったという話、3部ではなぜ硫酸なのか、なぜそれだけの殺人をしたのか、そして妙な自殺をしたのはなぜなのかということが明らかとなっていく話・・とにかく圧巻です。判事の最後の言葉「大事なのは真実ではなく正義ですよ、そうでしょう?」にアカンことではあるものの共感してしまいました。文句なしに1等賞!!
この作品はシリーズものとして前後に「悲しみのイレーヌ」「傷だらけのカミーユ」番外として「わが母なるロージー」(いずれも文春文庫)がありますが、本作が圧倒です。

・悲しみのイレーヌ 小説を忠実にプロットした殺人が行われ、最後には主人公の妻と子が殺されてしまいます。殺人の描写がとにかくグロテスクで気持ち悪く、また、ラストも救いようがないので、ハッピーエンド好きとしてはお勧めできません。

・傷だらけのカミーユ 主人公の恋人が宝石の強盗事件に巻き込まれて瀕死の重傷を負い、主人公の刑事は犯人を懸命に追いますが、それこそが真犯人の狙いで、恋人もその計画の一部だった、という話。恋人が救われることもなく、ラストも寂しい。

・わが母なるロージー 爆弾犯がみずから捕まり、殺人罪で服役中の母親と共に亡命させるように交渉する、という話。結局二人は解放されるふりをしながら爆弾で自殺し、母親の拘束から死をもって逃れますが、計画が少しでも狂うとうまくいかなかったはずで、どうなんでしょう。

2.ミステリー・推理

死のドレスを花婿に ピエール・ルメートル 文春文庫

ルメートル作品で次に面白かったのはこれ。
ストーカーと、そのストーカーに目を付けられた女の話。1部では、女は精神が錯乱し、子供や女性を殺害して逃走します。2部では、実はそれらはストーカーによって操られていたことが分かります。3部では、大逆転劇が展開します。ストーカーの異常さが強烈で、かなり気持ち悪いのでじっくりとは読めないのですが、どんでん返しが2回あったりとストーリーのすごさは抜群です。その他

・監禁面接(文春文庫) 新書で読んだことがあるのですが、文庫が出ていてまた読みました。
大規模なリストラを計画している大企業社長が、真に忠誠を誓える幹部は誰かを見極めるための監禁事件を企て、またそれを実行できる人事経験者を採用する、という背景があり、1部では、求職中の主人公があらゆるものを犠牲にしてこの面接にかけますが、出来レースだったことを知ります。2部では、疑似監禁事件が始まりますが、1部の主人公が本物の銃を使って暴れ、逮捕されます。3部では、暴れた真の狙いが大企業から裏金をせしめたことであり、返金する条件で釈放を勝ち取る、という話です。ただ、すんなりとハッピーエンドにはならず、傭兵から追われ、大金を手にするも、真の友は亡くし、愛する妻と娘からは見放されまして、後味は悪いです。。

身代わりの女 シャロン・ボルトン 新潮文庫

前半は高校生6人が登場します。成績優秀ですが悪ノリが過ぎ、高速道路を逆走して母子3人の命を奪ってしまいます。最も貧乏な女性一人が身代わりになると言いますが、その条件して、自分の言うことは何でも聞くという約束をします。
後半はその20年後、他の5名は全員成功者になっていて、身代わりの女が釈放され、復讐劇が始まる・・・という話。
自分だったら、という感情移入もでき、とても怖いです。実は復習ではなかった、というストリーで、物語としてもとてもよくできています。登場人物は、ほぼその6人しかいないので、とても分厚い本なのですが、読みやすいのもいいです。

怪獣殺人捜査:殲滅特区の静寂、高高度の死神 大倉崇裕 二見文庫、二見書房

シリーズものですが、2冊とも面白い!
世界が怪獣に蹂躙され、その対策は日本が最先端である、という世界を舞台に、
怪獣の進路予測などをする予報官の女性の主人公と、勧善懲悪を実現する超凄腕の特別捜査官という組み合わせで、怪獣退治と共に発生する殺人事件などの事件を追って解決する、というストーリーです。背後には国家勢力などがあり、なるほど作者は劇場版名探偵コナンの脚本も書くわけだと納得です。面白いです。

私立探偵マニームーン リチャード・デミング 新潮文庫

1950年代~60年代にかけて発表された作品集。もともとハンサムだった顔には傷があり、腕が強く、推理がさえ、そして超もてる、という本格ハードボイルドです。謎解きそのものは、何重にも仕掛けられているわけではなく、またフェアなもので、トリックというより、周りの登場人物や、主人公のマニーの言動や行動を楽しむものと言えましょう。主人公は無敵なので(大けがはするが死なないので)安心して読めるところが私にとってはポイントで、良書です。

長い別れ レイモンド・チャンドラー 創元推理文庫

1953年発表、ハードボイルドの古典的超名作。村上春樹さん含めて、何人かの訳者によって日本語版が出ているのですが、最近田口俊樹さんが翻訳されたのでそれを読みました。チャンドリアンの方々が熱く語っておられるような、訳文の違いは私にはよく分かりませんでしたが、ものすごく読みやすかったです(原文に忠実だとかえって読みづらいのです)。
酔っ払いを介抱したしたことがきっかけで、マーロウは様々なことに巻き込まれます。関係者は殺されたり自殺したりしますが、自殺または殺されたとみなされた最初の酔っ払いは実は整形手術をして生きていた、という話です。それぞれの人物がそれぞれの組織事情を踏まえた描写が丁寧にされていて、セリフの多くに説得力があります。警察も無能には描かれていません。
合わせて読んだ田口俊樹さん翻訳の以下も良作でした。

・プレイバック レイモンド・チャンドラー 創元推理文庫
上の作品もそうですが、相手を苛立たせるワイズクラック(減らず口)のうまさや、いざというときの動きの速さ、飛び込む勇気、友情を大切にする。フィリップ・マーロウにあこがれる人がいるのは分かります(私はホームズ派ですが)。
マーロウはある女を尾行するように依頼されますが、その理由が分からず、他にもその女を狙っている(脅す)人物たちが現れます。真相としては、女の夫の父親が地元の名士で、夫の事故死は女のせいと思い込んだ、ということで、女は無実で被害者だったことが分かり、マーロウは女を守る側に立つ、というところがカッコいいのです。

その他、超お勧めというわけでないですが、推理・ミステリー分野で面白かった本をいくつかピックアップします。

まぐさ桶の犬 若竹七海 文春文庫

葉村晶シリーズの最新刊。
いろいろな事に巻き込まれ、危険な目にあいながらも、天職とする探偵に今回もまい進しています。
学園の理事長席をめぐっての話なのですが、そこに隠し子やら、土地取引に絡む闇の勢力の話が混ざります。元理事長からの依頼で人を探すことになるのですが、結局はその元理事長からの手記ですべてが明らかになるので主人公の活躍としてはもう少しということと、家系図がややこしくて、ストーリーがぼやけることがもったいない。それでも、昭和的なボケを心の中で随所にかます主人公には共感できます。

鬼神の檻 西式豊 早川書房

50年間隔で復活する「貴神」に対して姫を差し出す、という風習が残る村での話。
3部構成となっていて、それぞれの最後に「貴神」が出てくるので、都合、100年間を描いています。
「貴神」と呼ばれていたものは、実は未来にて形勢が悪くなったので過去にタイムスリップして巻き返しを図ろうとした「DNA強化人間=鬼神」だった、という話。そこに、その当時の当事者の欲望が絡み合います。3部ともテイストは違っているのですが、3部の最後に鬼は退治されます。100年かけて退治するという展開がすごくよく練られています。
ただ、過去に戻れるくらいの技術があるならば「姫=人間の子宮」を使わなくても、自身のクローンは残せるのではないか、ということと、過去が改変されることについては記述があいまいだなと思いました。。

魔王の島 ジェローム・ルブリ 文春文庫

全部で3部構成になっています。
1部が島の話。10人の子どもたちを島のキャンプに誘うプロジェクトがあり、しかし真の目的は子供への人体実験であり、数10年後に関係者の孫が島に呼ばれ、惨劇が起こります。
2部では、実は1部は妄想であり、誘拐・監禁された少女が自我を保つために避難所として作り上げた、ということが語られます。
3部では、それは作り話であり、実は少女は誘拐犯に共感し、誘拐・監禁を手伝って、結果的に10名の子供の命が奪われます。
しかし、最後エピローグでは、この話も妄想であり、実は、事件を追っていたはずの刑事の、行方不明になった娘は行方不明から3日後に遺体で発見され、刑事は耐えられくなって上記の物語に逃げ込んでいた、という話。
結果的には全て夢落ち的で、だったらなんでもありじゃないか、という気もしますが、細かな表記を含めて最終的に伏線が回収されてくる構成は見事です。
この作者の次の作品も不思議なテイストです。

・魔女の檻(文春文庫) 村が舞台ですが、村の登場人物たちは、みな、不可解な幻聴や幻覚を体験し、最後は、「自分は何者か分かった」と言って自殺してしまいます。警察署に新たに赴任した署長はその謎を追っていき、真犯人が村長であることを突き止めます。実は、村人は全員、署長も含めて、過去に犯罪を犯した受刑者で、その受刑者の脳波を操って幻覚を見せていた(それぞれの役割を演じさせていた)ということでした。目的は難病の娘の治療のためで、その目的は達せられます。

変な家2 雨穴 飛鳥新社

間取りミステリーという新ジャンルを発掘して一世を風靡した前作ですが、続編ともなると通常、勢いが落ちるのが常ではあります。
しかしながら、前作よりも断然内容が濃い! 今回は11個もの様々な間取りが登場し、しかも、それが全体としてストーリーが繋がっているという趣向。間取りミステリーは健在です。

何かの家 静月遠火 メディアワークス文庫

その<家>に入った瞬間に、元々その<家>に捕らわれていた人と入れ替わり、関係者全員の記憶も書き換わる、という設定でのお話。殺人事件の犯人や、ペットの犬も入れ替わります。
主人公の彼女(アバター)が推理を発揮し、複雑な入れ替わりを解決していくのですが、最後までその正体は分かりません。ネットによると、主人公が過去に助けた女子小学生ではないか、とのこと。
10年も他人の子を愛情をもって育てられるのか、治療薬が出来たからといって、また閉じ込められようと思うのか、最初に閉じ込められたのは誰か、などいろいろと分からないところはあるのですが、差し引いてもよくできています。

覚悟 フェリックス・フランシス 文春文庫

紹介したいのはこちらではなく、元ジョッキーで作家になったディック・フランシスの方ですが、そのディックの次男で作家を引き継いだフェリックスの作品です。「大穴」「利腕」のハレーが主人公。騎手を脅してレースを操作する悪党を退治する、という話で、結婚し、子供もいるため危ないことはできないと探偵業を辞めたところから物語はスタートします。展開はスピーディで、次から次へと事件が起こり、最後は、悪党が、自分のまいたガソリンで自分が焼けてしまう、という落ちです。これまで極めて慎重だったボスにしては詰めが甘すぎないか? と思わなくもないですが、馬のリアルな描写含めて、親を受け継いでいるんだなと思います。ディックの作品としては、以下が面白かったです。

・大穴(ハヤカワミステリ文庫)
主人公のハレーは、乗馬の事故で片手が不自由になり、探偵社に入るも、2年間仕事らしい仕事をしておらず、警備の仕事でチンピラに腹を撃たれて入院し、そこから這い上がる物語です。競馬場の乗っ取りを図る人物と最後は競馬場を舞台に仕掛けを探しつつ逃げ回り、最後は捕まって痛めた左手をさらに痛めつけられますが、逆転勝利します。勧善懲悪で気持ちがいい。

・利腕(ハヤカワミステリ文庫)
大穴の続編。馬に心臓病が引き起こされるのはなぜか、その原因と犯人に迫ります。犯人に脅され、一度は屈服しますが、原因が特殊な菌であることを突き止め、陰謀が暴かれます。

・興奮(ハヤカワミステリ文庫)
オーストラリアで馬の飼育をしていてその経営者でもある主人公が、イギリス競馬会に内部潜入し、その不正を暴くという話。また主人公は途中、クライアントの信頼を落とし、過酷な労働の中で嫌気がさすものの、最後までやり遂げる正義感の持ち主。最初の数ページからすでに主人公がかっこいい!

・女王陛下の騎手(ハヤカワミステリ文庫)
ミステリではなくて、自伝です。
イギリス障害競馬の最高峰のレースで、エリザベス皇太后の馬に乗り、最後の障害を越え、優勝確実というところで突然馬が腹ばいになり転倒する、というところから物語は始まります。
幼年期からどのような経歴だったのか、ほとんどは馬のことしか当然ながら出てこないのですが、リアリティあふれる記述が満載。しかもそこから文筆業に転身し、その才能が非凡でもあるため、一級のトップ騎手&作家でなければ書けないような内容です。
なお、馬が転倒した理由は今を持って謎とのことですが、最後に筆者の解釈が述べられたり、この転倒があってこそ今につながる下りは読ませます。良書。

全員犯人、だけど被害者、しかも探偵 下村敦史 幻冬舎

製造欠陥で社長がつるし上げられ、自殺してしまうのですが、事件に関わった関係者が一堂に廃墟に集められ「犯人だけ助かる」という設定でストーリーが進行します。
犯人だけが助かるので、全員で自白合戦が始まったり、その自白には穴があると指摘する探偵になったりします。その過程で、少しずつ自殺に見せかけた殺人の再現がされていきます。そのあたりの展開はとても面白かったです。
真犯人は、自殺したと思われたその社長なのですが、一卵性の双子の弟が替え玉だったり、物語全体が再現ドラマだったのですが警察の捜査にそんなのが必要なのかであったり、関係者全員を殺害する必要はあったのかなど、疑問はいくつか残りました。

難問の多い料理店 集英社 結城真一郎

配達専門の料理店のシェフが安楽椅子探偵で、その配達員がお客との間で動く、という設定。配達員は「秘密を外部に漏らすと命はない」という条件で、シェフからの依頼を受けます。シェフは、配達員からの情報と、その他の情報を合わせて、その場で推理し、真相にたどり着きます。
数話から成り立っていて、それぞれゆるく繋がっているので一貫性があり、面白いです。
ただし、シェフは謎が多く、感情移入はしづらいです。作者の他の作品としては、以下が面白かったです。

・#真相をお話しします(新潮社) ミステリーの短編集ですが、以下2編が秀逸でした。
家庭教師の営業に行った先の母と子が実は、、という惨者面談
島に移住したの子供たちの名前やその行動はその親が実は、、という#拡散希望

魔女裁判の弁護人 君野新汰 宝島社

「このミス」の隠し玉。
魔女裁判で魔女とされた人の無罪を勝ち取るという物語。
村人には絶対的な信仰があり、魔女だと信じて疑わず、また、魔女の仕業ではないことを立証しようがない状況においての理論展開が読ませます。
最後にはどんでん返しがあります。

夏を待つぼくらと、宇宙飛行士の白骨死体 篠谷巧 小学館

題の通り、宇宙服を着た白骨死体が旧校舎で見つかります。
主人公たちの想像は膨らみつつ、なぜ宇宙服なのか、誰の仕業なのか、が次第に明らかになっていきます。脚本を書いた女性の恋人が仕掛けたものだったのですが、淡いストーリーで、メインの登場人物は4人。話は追いやすく、読みやすいです。

以下はミステリーではなくホラーです。

口に関するアンケート 背筋 ポプラ社

薄くて小さい本ですが、1回読んだだけでは何が起こったのかよく分からず、最後のアンケートを見ることで、事件の話を終えた者から順に首を吊ったことが分かる仕掛けになっています。また、ページの終わりが赤くなっている箇所は、これを語り終えて死んだ、ということも分かります。
登場人物は大学の仲良しグループ4名とオカルト研の2名。呪いの木があり、その木に呪わせようとしたが別の人間に祟りが行き、その人が呪いの木に首をつって亡くなってしまう。その亡霊から5名が呼び出されて死んでいきます。
作者のホラー本はこれまで2冊出ていて、映画化もされました。

・近畿地方のある場所について(KADOKAWA)
奈良県のある場所を訪れた人に呪いがかかるという話で、小さな記事がたくさん集まって全体の話が構成されています。女性が飛んでいたのは、自分の子供が首を吊ったのを飛び上がって助けようとしたから、など怖いです。

・穢れた聖地巡礼について(KADOKAWA)
登場人物は3名、雑誌の編集者とYoutuberと、見える人。心霊スポットを実況してきたYoutuberのファンブックを編集者が企画し、見える人がその内容を強化する、というのが筋なのですが、それぞれの心霊スポットで起こった話が各話の終わりに差し込まれていて怖い。それぞれの登場人物の心霊に関わる背景もあって、こちらも怖い。

堕ちる、潰える 角川ホラー文庫

人気作家が集まってのホラーの短編アンソロジー本です。短編なのでさらりと読めます。あの「リング」の誕生秘話的な話もあります。潰えるの方が全体的にドラマ性が高くて面白いです。

すみせごの贄 澤村伊智 角川ホラー文庫

霊能力を持った比嘉姉妹が出てくるシリーズの短編集です。霊的要素が無理なくストーリーに入っており、また、各短編は登場人物たちがゆるくつながっていて、読みやすいです。
読者としては、登場人物が幽霊なのか実在なのかが分からないまま読み進めていくのですが、ああそういうことか、と分かる仕掛けになっています。

ミステリー・推理本はここまで! 

3.自伝・自己啓発・解説

赤と青のガウン 彬子女王 PHP文庫 

皇室の彬子女王がオックスフォードに留学し、独力で博士号を取得した、その道のりの話。
まとめてはいけないかもしれませんが、皇室の人たちってすごい!
文庫の帯に「瑞々しい筆致で綴られた留学の日々」とあって、まさにその通りで、うまく表現できないのですが、苦労したところは忘れ、幸せだったことを詳細に覚えているという性格や、飾り気がないところなど、素晴らしい人物であることは十分に伝わります。名著です。

エッシャー完全解読 近藤滋 みすず書房

エッシャーの絵は有名なので誰もが知っていて、自然なだまし絵であることも知っているのですが、その「自然」に見せるための工夫が極めて論理的に仕掛けられていることを丁寧に解説している本です。遠近法の欠点をふまえ、あえて大きくしたり、床面をごまかすために囚人を置いたり、遠くの人を大きく見せないために猫背にしたりと、驚きの数々を示します。エッシャーもすごいんですが、それを明らかにした作者も十分すぎるほどすごいです。

その他、面白かった本の紹介です。

人生は心の持ち方で変えられる? 真鍋厚 光文社新書

これまでの自己啓発の主流は<頑張る>:これまでの「足し算」の自己啓発は、努力する方向性と全体が合っているので報われたが、今のVUCAの時代では、努力が報われない可能性が高い。
これからの自己啓発は<頑張らない>:「引き算」の自己啓発が流行っている。働くのはそこそこにして、好きなことに集中し、頑張らず、競争せず、モノを持たない。
作者はその中で、そのように考え方を変えることそのものが最初の障壁だと述べています。地位や比較に一喜一憂する人々にとっては人格を変えるほどの変身が要求されるだろうと。
またさらに、引き算で満足だと思える人になることも難しいと述べています。そのような人は、もともと精神的に満たされていて、周りの評価に依存していない可能性が高いためです。
また、このように「自分が幸福ならよい」という考え方は、社会問題が2の次になる可能性もあります。いやなことでも頑張って変えた方がいいことにも目をつむり、問題が解決しない可能性もあります。
さらに不幸なのは、考え方を変えられないのは本人のせい、という自己責任論を促進する可能性もあります。
とはいえ、変革する社会に適応するには、自己啓発は避けられず、そこで重要になるのは、自分の生活や人生の優先順位との兼ね合いで、どうするかを考える以外に方法はないとのこと。

「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか 日経BP 今井むつみ

最後の4ページが本書の要約です。
・自分の芯を持ちながら、別のスキーマを持った人々の立場や考え方を理解し、折り合いながら暮らしていく。
・相手にも自分にも存在する認知バイアスに注意し、物事の一面ではなく、様々な観点から評価し、判断する。
・自分と相いれない考えでも切り捨てず、建設的にすりあせわてゆく。

謝罪論 柏書房 古田徹也

「謝罪」について深く切り込んだ本です。
謝罪というのは、謝罪する相手が存在するため、その相手とのコミュニケーションの始まりです。
謝罪をする際の自分の考えとして、
・本当はそういう人物ではないが、意図せずやってしまった、ならば切り離す。
・自分はそういう人物なので、時間をかけて直す、あるいは信念なので直さない、ならば同一化する。
また相手の考えとして、
・(謝罪を聞いたうえで)赦す/赦さない
・そもそも謝罪を受け入れない というパターンがあります。
謝罪には、反省する、責任を持つといった側面のほかに、楽になりたい、赦してほしいといった利己的な面もあります。
謝っているようで実は謝っていない、とか、定型的なフレーズは伝わらない、とか、誰に対しての謝罪であるか、とか、謝罪と、弁解・正当化は区別したほうが良い、など、の実践的なヒントもありました。

運 安田隆夫 文藝春秋

ドンキの創業者による作です。ご自身に大変な自信があり、自分は唯一無二のことをしている、と思っていることが十分に伝わります。
 上昇気流の時は全力で乗り、そうでないときは上向くまでひたすら考える。
 キーワードは「権限移譲」して店づくりに裁量を待たせ、アルバイトにもゲームという名の競争をさせる。
ことで自走するということなのですが、
具体的にどう指標(ゲームのルール)を立てつけるのか、運気が上昇するというのはどういうときになのか、「運」の記載は抽象的です。今後、ドンキは引き続き勝ち続けるのか見てみたいです。

ポンコツ一家、ポンコツ一家2年目 講談社 にしおかすみこ

姉には知的障害があり、母は認知症、父は役に立たない、という実家に帰ってきたら、とんでもないことになっていた、というところから始まります。数々のトラブルを、現実的にはかなり大変な修羅場かと思うのですが、笑いのエピソードに変え、また、なんだかんだと逃げない筆者の強さを感じる一冊。この大変さを文章に変換してお金に代えようとするたくましさも感じます。

続いて経済です!

4.経済

税制と経済学 中央経済社 林正義

消費税に関する作者の主張が面白かったので、掲載します。確かにその通りだなと思いました。

■消費税は逆進性が言われているが、相続時に消費税分を課税すれば逆進性はなくなる。
■所得税と消費税は同じ。
・所得税に一本化しても消費税に一本化しても同じ話だが、取り方を変えることで両立させればよい
・消費税は税率を一本化する。
 -軽減税率は所得の低い人を救う、という話だが、高所得者も食料は買うし、新聞も読む。直接的に低所得者に恩恵が得られにくい
 -直接的に低所得者が恩恵を得られるのは所得税なので、こちらの累進性を上げればよい
 -税率を一本化することで徴収コストが大きく下がる
・社会保険も消費税に入れればよく、そうすると取り漏れがなくなる
 -社会保険は全員が恩恵を受けるものなので、全員から徴収できる税の方がいい。
 -年金の未納問題もなくなり、未納による生活保護の増加もなくなる。
 -社会保険は金額が固定なので逆進性があるが、消費税(+相続税を消費税に合わせる)に含むとそれもなくなる。
■減税の効果を示すことは難しい。
減税をするということは、どこかを増税することになるため、その増税の効果により、減税の効果が打ち消される可能性がある。

人的資本の論理 日本経済新聞出版 小野浩

「人」への投資についてまとめられた本です。作者の主張をまとめます。

■人への投資
・投資(努力)×収益率で成果が増える
・才能のある人は努力なしでも最初から成果が高く、収益率も高い
・生産関数は逓減のため、努力は必ず報われるとは限らない
・報われないのは、努力不足ではなく、才能がないため
■外部労働市場
・一般的人的資本が必要、ジョブ型、流動性が高い
・企業は一般的人的資本には投資しない方が合理的で、個人が投資コストを負担、どの企業でも同じ生産性を発揮。サプライサイド
■内部労働市場
・企業特殊的人的資本、メンバーシップ型、内部で働き続けた方が双方で合理的
・長期雇用が前提、企業が投資コストを負担。メンバーの一員として採用されるデマンドサイド
・キャリアは企業任せ。企業は長ければ長いほど企業特殊的人的資本が蓄積されるため価値が上がり、従業員は若いうちは市場賃金より安いが将来賃金が上がることを期待して離職せず、ベテランになると市場賃金より高い賃金になるため離職しない。ただし、定年があることとセット。長い目で見ると、賃金の積分値は外部と内部で同一。
■人的資本は時間と共に陳腐化し、減耗する。減耗を上回る投資が必要。
■シグナリング
・情報は完全ではないため、採用時には観察できる情報から判断することとなるが、その情報がシグナル。例えば学歴。学歴が高ければ能力が高いと仮定して採用する。ただし、採用後にはフィードバックが働き、シグナルとのギャップがあきらかになっていく。ただし膨大にデータがたまると、フィードバックが固定化される。
■学歴
・低偏差値の収益率は2.5%、高偏差値は15.6%
・浪人をすると、偏差値は上がり、収益率は上がる。定年まで働ける期間は短くなるが、それとの比較では2浪が最も内部収益率が高い。
■出生率の低下
・ベッカー、シカゴ学派的には、少子化は、女性の人的資本が増えた結果、女性の機会費用が高まったことと、子供の価格が上昇ししたため、子供の需要が低下したことによる。
・昔は、子供は生産者であり、収入源であったが、現在は投資対象である。教育への投資額は上昇し続けている。
・また、昔は女性の人的資本ストックが低く、働くインセンティブが弱かった。人的資本ストックが高まると、賃金が上がるため、育児のときの空白期間がペナルティとなる。
■非正規雇用
・非正規雇用は流動的であるため、企業は投資しない。
■人的資本が日本で定着しない理由
・人材を資産ではなくコストとしてとらえることが強い
・内部労働市場が強く働き、市場原理が弱い
・教育は企業がしてくれるため自分はしなくてよいという甘え
・自分の市場価値がよく分かっていない
・勤続年数が長くなると市場価値が低下し、企業内に閉じ込められる
・一般的人的資本に対するリターンが低く、自ら投資する意欲が薄い
・転職への抵抗が根強い
■賃上げをしたところで生産性が上がるかは分からない
・賃上げによる持続的な生産性向上は見込めない
・生産性向上を伴わない賃上げは持続できない
・労働者が賃上げをギフトとしてとらえない可能性がある(効率賃金仮説が成り立たない)
順番は、生産性をまず上げること。そのためには人材に投資すること。その結果として賃金が上がる。

経済学の思考軸 ちくま新書 小塩隆士

良書が続きます。以下、作者の主張をまとめます。

■効率性と公平性
 効率性では、日用品に高税率をかけたほうが、需要が減らないので効率的に税を回収できる。しかし、公平性の観点からは、低所得者に負担がかかるので、じゃあ間をとって全ての税率を一緒にしましょう、となる。そのため、所得税で差をつけ、配分した方がよい。
 途上国では、所得を把握できないため、消費税率を品目によって変える必要が生じる。
■所得税と消費税
 所得税で取れれば消費税はいらないという主張もあるが、各商品に対する需要が労働と全く関係がないという、きつめの仮定が必要。
・労働するほど税金がかかるならば → 働く意欲が減る(労働供給が減る)可能性がある。
・消費税は「使うとき(消費時)」に課税されるため、「働くかどうか」には直接関係しない。
・「高級車」や「外食」は、たくさん働いて稼いだ人がより多く消費する傾向があり、消費行動が労働供給と結びついている。
・所得税が上がると、働かなくなり、所得が下がり、消費が下がる。
・実際には、消費行動が労働に影響されるため、消費税(間接税)を併用することで労働への歪みを小さくするという考え方(ラムゼイ税など)が、現実的で効率的とされている。
■たばこ税
 たばこは所得の低い人ほど吸っている そのためたばこ税は弾力性が低く、税率を上げやすいが、低所得者層を狙い撃ちにする。
■分配による格差縮小
 分配は成長の糧になる→格差縮小が経済成長するという主張、はアヤシイ
・高所得者から低所得者への分配がすんなりいくとは限らない
・低所得者層の消費の増加が、高所得者層の消費の落ち込みを上回るのか分からない
・それで高成長を持続できるのかも分からない
■ベーシックインカム
 かならずもらえるので、労働意欲は低下せず、悪くないが、財源が問題。
■競争
 競争を否定すると、値段は上がる。安いところから買っているのに、競争を否定すると、ではなぜあなたはこの企業から買わなかったのか、という反論に答えられない。
 競争は、資源の有効活用にも効く。
■時間の概念
 親世代の配分が少なく、子世代への配分を自分たちに回す→子世代は孫世代から自分たちに回す→・・人口が増大していれば永久に続けられる。資源に限りはないため、効率性も公平性も関係ない。人口が減少していれば、次の世代への財を減らせないので、どこかが損を被る。
・最適な資源配分が実現されているとき「黄金律」が成り立つという
・黄金律が成り立つのは、利子率と人口増加率が等しいとき
・市場メカニズムで自動的には成り立たない
・人口減少下では、利子率が人口増加率を上回る。
 経済が必要とする資本貯蓄のペースが、人口に対する貯蓄のペースを上回ってしまうため、貯蓄が「相対的に」不足する。

統計でウソをつく法 ダリル・ハフ 講談社

1968年発行の本ですが、いまだにしっかりとあてはまります。
サンプルの取り方、データのばらつき、データの見せ方、相関と因果関係との混同・・こういったところに作為があれば、見る人をだませるという警鐘です。騙されないようにしたいものです。

以下は、比較的面白かった本です。

ベーシックサービス 井出英策 小学館新書

ベーシックインカム、ではなく、ベーシック「サービス」にしましょうよ、という主張です。
ベーシックインカムで、誰もが安心して暮らせるように配布するならば非現実的な課税をしなければなりませんが、「サービス」ならば利用する人だけなので課税は現実的な範囲(消費税の数パーセントアップ)になります。
どのような人でも、いつ何どき、働けなくなるときがくるかもしれないし、それは運なので、社会として支える必要はあるだろうと。
また、このようなサービスが提供されていれば「備え」は軽くていいので、貯蓄は消費に回り、経済がもっと良くなる、という主張でもあります。
ただし、筆者も述べている通り、何のサービスをベーシックとするか、そのための負担増は耐えられるか、という議論は欠かせず、そのコンセンサスの形成こそが、国民として必要で、大切、ということでして、それが一番難しいんだろうと思います。
学費の無料化はお子さんがいない方には無駄と思うでしょうし、住まいの心配をしなくて済む、とはどういうことなのか、何の補助をするのか、とても難しいと思います。 

エスノグラフィ入門 石岡丈昇 ちくま新書

生活に入り込んで調査を行うエスノグラフィですが、その方法が丁寧に書かれています。
エッセンスは最初の方に記載してあって、①不可量のものに着目し、②生活を書く(数とか、測れるものは全体量を示すものであって、現地に行って個別に調べないと分からないような情報やストーリー)、③時間に参与する(例えば10年とか、長い時間をかけて知る)、④対比的に読む(一つの事案に10年くらいかかるので、並行して同じ程度の熱量で別の案件は進められず、別の案件は、今の案件とを対比するために調べる)、⑤事例の記述をする(事例はミクロだが、優秀な調査はその中にマクロ的なことも包含される)
筆者はフィリピンのボクシングジムに入り込み、その中でのエスノグラフィについて、いくつかの知見が披露されています。

最後に哲学です!(といっても1つですが)

5.哲学

急に具合が悪くなる 宮野真生子 磯野真穂 晶文社

余命わずかとなってしまった哲学者と文化人類学者との書簡のやり取りを書籍化したものです。死を前にして言葉を扱う職業の二人がやりとりする内容が非常に刺さります。哲学のチカラの一端を垣間見た気がします。特に、最終便の言葉は強烈です。

・選ぶとは偶然を許容すること。その選択がうまくいくかは分からないが、許容した先に自分がいる。
・偶然二人が出会った。偶然を許容するときに自分が生まれるのだから、出会った他者を通じて自分が生まれる。
・その偶然は自然発生ではない。偶然を必然として引き受ける覚悟を持った二人が出会った。
・私たちの世界は、こんな根源的な出会いに満ちている。他者と生きる始まりに満ちている。

以下、要約です。「未来・選択・偶然・信頼」といったものを、考え抜いています。

1. 「いつ死んでも悔いなく」への違和感
死を前提に“今”を判断すると、本来あるはずの 未来の可能性 を見落としてしまう。
人生は一本の道ではなく、常に分岐し続ける。

2. 医療に潜む“弱い運命論”
医療は確率やエビデンスで未来を語るが、それが患者の選択肢を狭め「こうなるはずだから、この道へ」という運命論に変わってしまう。

3. 選ぶことの難しさ
情報過多の中で合理的に選ぶことはほぼ不可能。だから人は「分かりやすい運命論」に逃げたくなる。

4. 不調を乗り越える3つのセクター
民間セクター(自分)、専門職セクター(医者)、民族セクター(代替療法)とある中で、判断できないとき、人は「誰を信頼するか」で選ぶ。医者を信頼できなければ代替療法へ流れる。

5. 自由診療の迷路と“主治医を巻き込む”という知恵
標準治療が尽きると自由診療へ向かうが、選択肢が多すぎる。主治医を自分の側に巻き込み、一緒に考えることで“孤独な選択”の負担が減る。

6. 合理社会の限界と「原始偶然」
合理性は「コントロールしたい」という欲望から生まれる。
しかし、原因を追究しても説明できない“たまたま”がある。
それが 原始偶然。
この視点に立つと、人生に「必然」などない。

7. 不運と不幸は違う
不運とは避けられない「偶然」
不幸とは不運を“物語化”して自分を固定化したときに生まれる
不運を受け入れても、不幸という物語に従う必要はない。

8. 約束とは何か
「死ぬと分かっている者は約束してはいけない」という考えに反論する。
・約束とは 未来の不確実性を引き受ける信頼の行為
・守れるかどうかは誰にも分からない
・だからこそ、約束は“賭け”であり“冒険”であり、その決断こそが信頼を生む

9. 人間関係は“点”ではなく“ライン”
患者/元気な人というラベルは人を固定化する。
しかし実際の関係は、世界を動きながら交差し続ける「ライン」同士のつながり。
未来に向かって他者と何かを生み出そうとする限り、人は美しいラインを描き続けられる。

10. 生きるとは「場」に降り立つこと
安全に生きようと未来を計算するだけでは、自分一人の時間を生きるだけで終わる。
多くの人がラインを引こうとする“場”に身を置くことで、自分を超えた未来に託すことができ、生きる力を受け取れる。

11. 選ぶとは、不確定性を引き受けること
選択には偶然が不可欠。
偶然の出会いを引き受けることで「自分」が生まれる。
偶然を必然として受け止める覚悟が、他者と生きる世界を豊かにする。

以上、2025年、面白かった本でした!!